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年金の本当のおはなし
民主党の年金試算について(3)
 民主党案の評価できるところについては述べましたが、だからと言って、これがこのままで良いという話ではありません。民主党の調査会の方が、わかっていないか誤魔化していると思える部分がいくつかあります。新しく制度を設計する以上は、当然の事ながら、制度設計の時点で間違いのないようにする必要があります。明らかに問題となると思われる部分については、修正をしていかなければなりません。おそらく、この案にも根本的な問題点があると思われます、そのうち、今私が気付いている部分について、下記に記載します。
 尚、長妻氏に関しては、決して年金の専門家などではなく、政局の道具として年金制度を利用しただけで、現行のものも含め、年金制度もそれを取り巻く状況も、正しく理解しているとは思えない人ですので、十分な注意をしていただきたいと思います。

 まず、全ての人に同じ網をかぶせる事自体は良いのですが、現行制度での第3号被保険者に該当する方にも全く同じ条件で年金制度に加入していただくこととなります。
 私個人は、第3号被保険者が一番大きな年金制度の歪みだと思っていますので、第3号被保険者を撤廃すること自体は大賛成です。そもそも第3号被保険者は恒常的なものではなく、激変緩和措置であった事を考えれば、廃止されて当然のものです。しかし、第3号被保険者の撤廃がどのような影響を与えるのか?については、正しく検証し広報する必要があります。
 皆様も御存じのとおり、第3号被保険者については、保険料を支払う必要がありません。これに該当する方々は、年収が130万円までで第2号被保険者が配偶者(多くの場合、夫)の方に限られています。第3号被保険者は専業主婦として全く無収入の方もいらっしゃいますが、少なくない方はパート労働という形で収入を得られ、雇用する側も保険料を掛ける必要のない労働力として重宝している部分があります。
 民主党案の年金制度では、どのような人であれ、その所得に応じて保険料を支払い、それに応じた所得比例年金を受け取ることとなります。提示された図を見る限りでは、その所得に対する比例は年収130万円からいきなり始まるのではなく、0(ゼロ)から始まっています。つまり、会社等に勤務している配偶者が居ようと居なかろうと、極端な話、1円でも所得があれば、それに応じた保険料を支払い、支払った保険料に応じた年金を受け取ることとなります(実際は7円〜となりますが…)。
 これ自体は国民全体でみればとても望ましい事で、是非、そのとおりにしていただきたいのですが、そうすると、現行制度なら保険料を支払わないで良い状況の方々にも保険料が掛かる事となります。これは、もし勤務先で年金制度に加入しなかったとしても、自分自身で所得に見合った保険料を支払わなければならないので、逃れる事はできません。家族の仕事に関わりなく、所得がある限り全ての人が保険料を支払うこととなり、現在生じている不公平と収支のアンバランスは解消されることとなりますが、今まで保険料を支出として計上してこなかったご家庭では負担が増えることとなります。主婦向けのTV番組でこの点を指摘しないのはどういう事なのだろう?とは思います(苦笑)。
 実は、これにはもう一つの問題点が絡んでくるのですが、これについてはこの後に述べます。


 最大の問題は保険料の不公平です。
 民主党案では、「全ての人が同じ一つの制度に加入する」となっています。しかし、保険料に関しては、今まで第2号被保険者だった「会社等に勤務している人」は、今まで通り保険料の半分を勤務先の会社等が負担することになっています。しかし、今まで第1号被保険者だった自営業や学生、無職の方等は全額自己負担となります。将来受け取る年金額は同じなのに、支払う保険料は仕事等によって違う事になります。これはおかしい事ではないでしょうか?これでは何のために一元化したのかわかりません。
 確かに、会社等が半額を負担している以上は、国に入る保険料は同じかもしれません。しかし、支払う側としての不公平感は制度維持のためには非常に重要な問題点となります。このような事を行えば、会社等に勤務していない人は所得を誤魔化したりする事態も生じるでしょう。これは保険料だけでなく税金にも関わってきます。場合によっては国が犯罪者を作りかねない事態となるのです。
 ある番組で長妻氏が「自営業と言っても、法人になっているところが殆どですから…」と事もなげに言っていましたが、現実を知らないにも程があります。小零細企業では、法人とは言っても経済的には実質個人と変わりはありません。そのような事業主(経営者)は、自分自身の保険料の会社負担分と本人負担分の両方を支払うだけでなく従業員の会社負担分も支払うこととなります。殆ど個人と変わりのない人に、それだけの負担がのしかかってくるのです。中小企業、特に小零細企業では、大企業が半額負担するのとは全く意味が違います。こんな事にも思い至らないような人が制度設計に関わっているということに恐ろしいモノを感じますが、現実を理解している人間が問題点を指摘していかなければならないと強く感じます。しかし、かといって、中小企業では会社負担分も本人に負担させるというような事をしてしまうと、中小企業に勤務する人は居なくなるでしょう。中小企業は、死活問題となりかねません。
 まして、国家公務員や地方公務員の場合はどうでしょうか?一般企業なら会社が負担する部分は国や地方自治体が負担することになります。ということは、公務員の方々の保険料の半分は税金から支払われる事となります。これはどう考えてもおかしいでしょう。自営業や小零細企業の経営者の方々との違いを説明しきれるものではありません。このような不公平を残したままでいると、民主党案の制度に変わったとしても、年金制度における公務員叩きは続くこととなります。
 このような現実的に制度としておかしな部分は残すべきではありません。制度の歪みは、近い将来に、また改正を行わなければならない部分となります。根本的な部分の度重なる修正は、国民の生活基盤に直結する制度には致命的な問題となります。となれば、会社等に勤務している人(現行制度の第2号被保険者)も保険料を全額自分で納めるか、どのような仕事をしていようと半額を税金で賄うかのどちらかしかありません。しかし、所得比例部分の保険料の半額を税金で賄うのはおかしな話ですし、そもそもそのような財源の確保が難しいからこその新制度です。と考えれば、全ての方が保険料の全額を自己負担することが妥当であるという事になります。

 ところで、実際に保険料はいくらになるのでしょうか?例えば、お給料が月額30万円(税金等の天引き前)の方の場合、現在の厚生年金の保険料は本人負担分で25,149円、会社負担分も足すと50,298円になります。これが民主党案では、保険料は所得の15%となっていますので、45,000円となります。これを会社と折半するのであれば、22,500円です。もし、60万円受け取っている方なら現行制度での本人負担分は49,459円、会社負担分と合わせて98,919円になりますが、民主党案では90,000円、折半すれば45,000円になります。現行制度では給与額605,000円以上は全て同じ保険料額となりますが、民主党案は所得が増えれば増えるだけ保険料が高くなりますので、もし給与が月額100万円の方なら150,000円、折半すれば75,000円となります。
 尚、今の案では保険料を15%としていますが、これについては人口構造や経済状態によって変動する可能性は十分にあると思います。また、上記の計算は単純に給与額に率を掛けていますが、実際には控除額がいくらか発生すると思われます。
 会社に勤務されている方は、現行の厚生年金保険料率が16.766%ですので、民主党案の保険料で半額負担であれば少し安くなりますが、全額負担となれば大きな出費となります。国民年金に加入されている方の場合は、平成24年度の保険料は14,980円ですが、月額30万円の所得の場合であれば45,000円となり、今までより約3倍の保険料を支払わなければならない等、所得が月額10万円以上の方に関しては保険料が上がる事となります。これは自営業だけでなく学生の方も同じ理屈ですので、所得があるのであれば保険料は同じだけ掛かってきます。逆に、もし所得がないのであれば、保険料は現在の学生特例や若年者猶予のような後払いではなく、本当に支払う必要がないこととなります。その代り、将来の年金額は最低保障部分での対応ということとなります(ただし、その後の所得が多ければ、最低保障部分がない可能性もあります)。

 このように見ると、全額自己負担であれば、会社等に勤務している方の場合は、厚生年金への加入よりも保険料が高くなって「損」と思われるかもしれません。しかし、もっと大きな視点から見れば、また違う可能性が見えてきます。
 もし現行通り会社に半額負担をさせるのであれば、現状より会社の負担は非常に大きくなります。これには二つの理由が挙げられます。そのうちの一つは前半で書きました第3号被保険者の対象だった方々の保険料です。現行制度では、扶養の範囲で働いている方々の保険料は会社も支払う必要がないのですが、これの支払い義務が発生します。現在、週20時間以上勤務の方まで枠を広げる事が決まっていますが、それどころではなく全ての人の保険料を支払わなければならなくなります。もう一つは給与額の高い方の保険料です。上に書きましたように、現行制度では給与額が月額605,000円で保険料が頭打ちだったのに対し、青天井でどこまでも保険料が上がっていくこととなります。例えば上に書いた100万円の方だと75,000円もの保険料を会社が負担しなければならないこととなります。おそらく、第3号被保険者だった方々の保険料負担よりこちらの方が大きな負担となる会社が多いのではないでしょうか。給与額には基本給だけでなく残業代も含まれます。残業代も含めたら、月額60万円を超える方も意外と多いのではないでしょうか。
 これらの負担は、当然に雇用や給与額の抑制となって表れてきます。ますます、就職しにくく年収の低い世の中が出現する可能性が高くなってきます。そして、これらの企業負担の額は商品の値段に反映されることとなり、物価はますます高くなることとなります。物価が高くなれば、当然に消費税も高くなります。最低保障年金のための財源として16%の消費税を掛けることとするなら、家計への圧迫は非常に大きなものとなるでしょう。

 一方、もし、全額本人負担とした場合はどうでしょうか。もちろん、各個人の負担額は大きくなりますし、拒否感も強くなると思います。
 しかし、会社から見れば、社会保険料の負担がなくなるわけですから、こんなに人を雇いやすくなることはありません。現在、短期間の雇用や派遣労働者を利用したいと会社側が思う事の一つに社会保険料の負担があります。もちろん、それ以外の理由もありますが、金銭面では大きなウエイトを占めています。会社に社会保険料の負担がなければ「安定した雇用」とされている正社員での雇用の可能性も広がってきます。というより、「正社員」という考え方が崩壊するかもしれませんが…。雇用しやすくなれば、会社を辞めたとしても失業期間は短くなります。すぐ次の会社での勤務が見つかるのであれば、無理に悪い条件でいつまでも同じ会社に勤務する必要はなくなります。つまり「ブラック企業」に勤務しつづける必要はありません。そうなれば、廻りまわって社会全体の労働条件は良くなるでしょう。多少、時間はかかりますが…。
 また、社会保険料を商品単価に転嫁する必要がなくなりますので、物価はいくらか安くなります。あるいは、今無理して安くしている場合は、ある程度は無理をする必要がなくなります。そうなれば、経済の廻りが良くなって社会全体に元気が出てくる可能性が、現状よりも高くなります。

 もちろん、こんなにうまく回るかどうかはわかりません。しかし、単純な目先の「損得感」だけで良し悪しを決めてはいけないというのは、このような社会全体、国全体の動きを考えなければならないからです。そして、そのような総合的な判断をすることこそが政治家の仕事であり、それを正しく国民に伝えるのがマスコミの仕事であるはずです。このような国全体の基本的な問題について、実際にどうするのが良いのかを、政治家の個人的な政治家生命の問題で決めるべきではありませんし、重要な問題の情報伝達に関して、視聴率や販売部数で判断するのも正しい事ではありません。確かに、目先の損を強調すれば、国民はNOと言うでしょう。でも、それが本当に正しいのかどうかは疑問が残ります。
 本当に選ぶべき道はどの道なのか、政治家やマスコミだけでなく、国民の皆様も目先にとらわれる事なく真剣に考える必要があるでしょう。


(2012.9.20)




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