ある雑誌で「損をしないために」年金の繰上げ受給をしよう、といった記事があったようです。
残念ながら普段私は読まない雑誌ですので、その本文を読んではいないのですが、私の立場から言わせていただくと、
「繰上げ受給は損になる可能性が高いので、お勧めはできません」です。
まず、繰上げ受給についてですが、
現在の年金は、
本来65歳からの支給となっています。勘違いされている方が多いのですが、現在の年金制度では支給開始年齢は65歳です。ただし、老齢厚生年金に関しては、以前の制度からの移行措置のため、一部65歳までに支給される年金があります。よくマスコミなどでは、本来60歳から支給だったものが65歳に引き上げられているという事を言われますが「年金制度」としてはそれは誤りです。元々国民年金の支給開始年齢は65歳ですし、厚生年金の支給開始年齢を65歳に引き上げることとなったのは、昭和61年の基礎年金導入時の改変です。すでに25年以上昔の話なのです。
正しく理解しないままネガティブな情報を流布しているマスコミは多いので、十分に御注意なさって下さい。
繰上げ受給というのは、この65歳から支給開始となる年金を60歳から65歳までの任意の時期から受給するという制度です(65歳までに支給される「特別支給の老齢厚生年金」は、繰上げ・繰下げにかかわりなく受給なさって下さい)。
本来65歳から支給されるはずの年金をそれ以前から受給するわけですから、当然に年金額は少なくなります。その少なくなる額は月単位で早く受給開始するほど多い額が減額されます(詳細は
「老齢年金の繰上げと繰下げ」をご覧ください)。
繰上げ受給は一度手続きをとってしまうと、元に戻す事はできません。後になって失敗した!と思っても取り返しはつかないのです。
少なくとも現在の年金制度においては、すでに受給が確定している年金については、物価変動以外に減額されることはありません。おそらく、この方針は今後においても変わらないでしょう。無責任に煽りたてるマスコミは、今後年金額が減るような事を言っているかもしれませんが、それは全く根拠のない話です。
実際に、社会保険事務所(現年金事務所)の窓口で相談業務をしていた時に「なんで私、繰上げなんかしたんやろ、こんなに年金減ってしまって…」と仰る方に沢山お会いしてきました。その方々の中には涙される方もいらっしゃいました。
このような方々は多くの場合、御主人様がお亡くなりになられて、遺族年金で生活しなければならなくなった時に後悔なさるようです。おそらく御主人様がお元気なうちは、御主人様の年金で基本的な生活をされ、奥様の老齢年金は奥様のお小遣い的に考えていらっしゃったのではないかと思います。しかし、そのメインの収入となっていた御主人様が亡くなられ遺族年金となった時、その額は、御主人様がずっと厚生年金を掛けていらっしゃった場合は、元の老齢年金の約半額となります。人数が2人から1人になったといっても生活費は半分とはならないのですが、これは残された奥様御自身にも老齢年金があり、それと合算した額で生活することが前提で設計されているのです。しかし、その御自身の老齢年金が繰上げによって減額されていた場合、生活費としては不十分な額となってしまう事となります。
そのような時になってどんなに後悔しても、どんなに窓口で仰っても、元に戻す事はできません。御主人もいらっしゃらなくなって心細い中、少ない年金額で残りの人生を過ごさなければならなくなるのです。
そのような事になっても良いのかどうか、手続き前に必ずもう一度考えてみて下さい。
繰上げ受給をされる時は、必ず年金見込額の試算をしてもらって下さい。そうすれば、損得分岐点となる年齢がわかります(資料に記載されています)。もしも、その記載された年齢より早くお亡くなりになる可能性があるのであれば、その場合は繰上げ受給をなさって下さい。
御病気等のために、あまり長生きが期待できない方も中にはいらっしゃいます。繰上げの制度は、そういう方々を救済するための制度なのです。そういう方には是非とも御利用いただきたいと思います。
しかし、そういった制度の理念も考えず、単純に目先(今だけ)の損得だけで考えるのは正しい事ではありません。もし、そのような状況でないのであれば、多くの場合は繰上げ受給は損となります。
もっと言えば、長生きされる方が繰上げ受給すれば年金総額としては少ないこととなり、国の財政(年金原資)としては助かることとなります。繰上げ受給を推奨する記事は、実際はこのような本人の損となり国の利益となることを読者にはわからないように書いていることとなります。このような煽り記事に惑わされないよう、自分の事は御自身で守って下さい。
尚、繰上げ受給をする場合は年金額の多い少ないだけではなく、他にもデメリットがあります。
繰上げ受給開始後65歳までの間に障害年金の対象となることがあっても障害年金は支給されませんし、65歳までの間に遺族年金を受給できる状況となっても65歳までは遺族年金は受給できません。これらの場合は65歳までの間、減額された繰上げ老齢年金しか受給することがでません。また、寡婦年金も受給できなくなります。
御自身の状況が65歳までの間に大きく変わることがあっても、それには対応してくれなくなります。手続時には「ありえない」と思っていても、いつ何時何が起こるか、などということは誰にもわかりません。手続きを済ませて年金事務所を出た所で交通事故に遭う可能性だって0ではないのです。
本当に、繰上げ受給をして全く問題がないのかどうか、よくよく考えてからお手続きをなさって下さい。決して無責任な記事のみを信用して行動されることのないように御注意なさって下さい。
上記の話は、所謂「全部繰上げ」に関する内容となります。特別支給の老齢厚生年金(60歳から65歳の間に支給される老齢厚生年金)の定額部分が支給されている方に関する一部繰上げの場合は、比較的損とはならない事があります。損得については個々人によって変わってきますので、必ず年金事務所の窓口で損得分岐点他のメリット・デメリットについて御確認をなさってうえで、お手続きをなさって下さい。
(2011.12.26)