「社会保障・税一体改革素案骨子(社会保障部分)」の原文は
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(7)被用者年金一元化
これは最近、新しい話ででもあるかのよう報道されてますが、すでに昭和61年の改変時に掲げられた理念(?)であって、それ以来25年以上、放置され続けてきた問題です。正直なところ、国会議員の皆様は年金制度には手を付けたくないというのが本音でしょう。こんなにスパンの長い政策は他にはなく、誰にも責任が取れない事ですし、責任を取ることとなれば全国民の全人生の全責任を負わなければならないわけですから、できれば目を瞑っていたいという気持ちもわからなくはありません。しかし、国策として制定している以上、国会議員の逃げは許されないのですが…。
昭和61年の改変までは、国民年金と厚生年金保険が別の制度だったのはもちろん、現在も残っている国家公務員共済・地方公務員共済・私立学校共済以外にも沢山共済制度がありました。それらは次々と厚生年金保険に吸収され、現在はこの3つの共済が残っていることとなっています。この残っている3共済を厚生年金保険にまとめてしまおう、というお話です。
この3つの共済が残っているのは、他の共済に比べ厚生年金との制度の差が大きい事や加入者・年金受給者の数が非常に多い事、また収支面の違いも足かせとなって、なかなか統合しにくいということがあります。しかし、これらを統合しなければ、新しい年金制度への移行も難しいこととなり、いつまでも年金の問題は解決しないこととなります。早急に対処しなければならない問題です。
とはいえ、現状では、そのまま統合する事は難しいくらい違う制度となっています。昭和61年以降に新しく作られた部分に関しては基本的に同じ扱いとなっていますが、それでも一部違う部分があります。まして、それ以前の制度から引き継いでいる部分には、悪名高い(?)職域部分など、厚生年金とは違う制度がまだ含まれています。尚、マスコミがよく煽り記事に使うような公務員攻撃はあまり適切ではありません。職域部分があることは、それまでの歴史の結果であり、現状だけを見て攻撃するのはあまり好ましい事ではないでしょう。
この職域部分に関しては、この骨子では「職域部分廃止後の新たな年金の取扱いについては、新たな人事院調査等を踏まえて、官民均衡の観点等から検討を進めるものとする。」となっています。この言い回しでは「職域部分は廃止するけど、他の給付をするよ」と言っているように見えますが、その「他の給付」が厚生年金保険への負担とならないよう注視する必要があるでしょう。
実は、それ以上に難しいのが成熟度の違いです。年金における成熟度とは、簡単に言えば、労働人口(加入者)の数又は保険料総額と年金受給者の数又は年金支給総額の割合のことで、成熟度が高いほど年金受給者の数又は年金額が多いこととなります。これは国家公務員共済が一番高く、地方公務員共済、厚生年金保険、私学共済の順となっています。実は、被用者年金を一元化すると厚生年金は非常に苦しい状況となるのです。この部分についての検討もキチンとする必要があるでしょう。
(8)第3号被保険者制度の見直し
個人的な要望としては、関連する議題は並べていただきたいです(苦笑)。
これは、「
社会保障・税一体改革素案骨子(社会保障部分)について(2)」の「(6)短時間労働者に対する厚生年金の適用拡大」とは切り離しては考えられない項目でしょう。
第3号被保険者は、昭和61年の改変前の厚生年金加入者の被扶養配偶者(多くの場合、妻)については、国民年金に加入する義務がなかった事に由来します。そもそも、基礎年金という考え方を導入し全国民に加入義務を課すようになったのは、加入義務のない被扶養配偶者には年金がない事になる=老後の収入が無くなる、という事態を回避するためにありました。しかし、それまでは被扶養配偶者は加入義務がない=保険料の支払義務はない、という事でしたので、いきなり急に保険料を支払わせることはできないということから便宜的に「第3号被保険者」が作られたのです。そうでなければ厚生年金保険等国民年金以外の年金制度に加入義務があるかどうかだけの区分け、つまり第1号被保険者と第2号被保険者だけで良かったはずなのです。そして、そのような過渡的制度であったために早期に見直す事という条件付きだったのでした。しかし、一度保険料を支払わなくても良いという既得権を与えてしまったために、なかなか見直しをすることができないまま、今まで放置されてきたのでした。
当時は「今は被扶養配偶者が居なくても、いずれ結婚してそのような配偶者を得るか自身が被扶養配偶者となるのだからお互い様だ」という意識があったようですが、すでに25年以上経った現在となっては、昭和期のような「夫は外で働き妻は家庭を守る」などというモデル家庭は激減してしまっています。同じ厚生労働省の施策として「男女共同参画」というものがある一方で、「働かない方がお得」と思わせる制度が残っているのもおかしな話です。
社会要請が変わってしまっている以上は、制度変更もするべきでしょう。
もっとも、そもそもこのような硬直的な制度を組み込んでいる事自体が、開始から終了まで長期間に亘る制度である年金にはそぐわないのではないかと思います。
(9)マクロ経済スライドの検討
これも、「
社会保障・税一体改革素案骨子(社会保障部分)について(2)」の「(4)物価スライド特例分の解消」と関連する項目です。
多くの方には「マクロ経済スライド」自体が意味不明かと思いますが、簡単に言えば、年金制度では「世の中の情勢に連動して年金額も増額・減額させる」という事になっていて、それ関して一定の法則を取りきめたものです。この法則に則って年金額を変動させれば「100年安心年金」ということだったのですが、現実には年金の減額を行わなかったので、歪みが生じているというのが特例の問題です。
この項目に書かれていることは、この法則をもう一度見直そうということのようです。しかし、ここには「デフレ」という言葉が絶対条件のように書かれていますが、元々マクロ経済スライドを考えた時にはすでにデフレ経済であったわけで、この条件は話が合いません。年金受給額の減額をしなかったのは政治家たちの判断であって制度の問題ではありません。また、年金額を減額しない事を取りきめるのであれば、年金制度そのものに無理が生じるのは明白です。
どのように変えたいのか明確にしていただきたいところです。
(10)在職老齢年金の見直し
これも、「
社会保障・税一体改革素案骨子(社会保障部分)について(2)」の「(3)高所得者の年金給付の見直し」と関連する項目ではないかと思います。
上記の部分にも書きましたが、以前の「社会保障審議会年金部会の中間報告」にもこの話は触れられていて、「働いたために年金額が減るのはおかしい」という意見がある一方、厚生年金の対象となる給与額だけを対象とするのではなく総収入や資産等も対象として年金額をカットするべきという意見もある問題です。
この骨子では「調整を行う限度額を引き上げる見直し」となっていて、少し緩和する方向なのか?とも思えます。
しかし、元々この在職老齢の制度は団塊の世代の年金額確保のために年金支給を抑制してきたというものですので、目的となる団塊世代が年金受給を始めた時になって緩和するのもどうかと思いますが、一方で65歳まで再雇用の義務化を課していますので、矛盾が生じてきているということなのでしょう。逆に言えば、65歳までの年金支給があることが全体と整合性が取れていないのかもしれません(苦笑)。
いずれにしろ「引き続き検討」となっているので、積極的に変更する気はないのではないかと思われます。
(11)標準報酬上限の見直し
現在、厚生年金保険の保険料は62万円が上限となっています。これより給与額が高い場合は、全て62万円として計算されています(健康保険はもっと高い額が上限となっています)。これは、保険料を高く取れば年金額も高くしなければならないので、その支払能力への懸念から健康保険より低い額が上限となっています。
すでに何度も書いていますが、現在でも給与額の差(保険料額の差)ほどは年金額には差はありません。これは国の制度である関係から、所得の再分配という考えが影響している面もあるのですが、現在より上限を引き上げたとしても、そこに該当する方々は保険料は高くなっても年金額はそれほどは高くならない可能性があります。政府(厚労省)の他の主張を考えても、保険料をより多く取る事の方に重点が置かれている可能性があります。
保険料を取る以上は支払いの義務が発生します。この見直しは、年金制度全体を見渡して本当に必要なものなのかどうかを、正しく見極める必要があるでしょう。
尚、短時間労働者への適用拡大をするために標準報酬月額の下限を見直すこととセットにするということであれば、それらは全く意味が違うことですので、そのような形で誤魔化すのは好ましくありません。
(12)支給開始年齢引き上げの検討
すでに厚生労働大臣が次の国会には提出しないと明言した事をここに載せてきています。
支給開始年齢の引き上げは、単純に年金の受給が遅くなるだけでは済まない問題を含んでいます。すでにこの「年金の本当のおはなし」では別項で書いておりますし話が長くなりますので、ここには書きませんが、目先だけを考えて制度変更することは絶対にさせてはいけません。
(13)業務運営の効率化
民間企業からすれば、何をかいわんやなお話ですが…(苦笑)。
ただ、先の社会保険庁から日本年金機構への変更では多くの弊害が起きています。何でも「変えれば良い」「民営化すれば良い」ということではありません(民営化礼賛は行政の怠慢とも言えるでしょう)。本当の意味の効率化を行っていただきたいと思います。
(14)その他
「その他」で済ますべきではない項目が含まれています。
遺族基礎年金が母子家庭には支給されて父子家庭には支給されないという不公平の解消は、年金制度全体に存在する男女差別の規定全てに言える問題です。
第3号被保険者が残っているのと同様、年金制度には様々な男女差別が根強く残っています(第3号被保険者は男性も対象になりますが、実質は女性が働かない事を前提とした制度です)。これらの差別規定を全て解消し、全ての人に全く同じ受給ができるような制度に代えて行く必要があります。
この年金制度における差別規定には、真剣に取り組む必要があります。個人の損得、票の損得で考えていたのでは何も改革はできません。国全体、制度全体の正しいあり方を考え直す必要があります。
事務費の保険料への充当は15年ほど前の法改正が元にあります。もっと言えば、少しでも税金の使用を少なくしようという発想が元にあります。実は他にも税金との関連で問題とすべきことがあります。これらは厚労省と財務省(大蔵省)との綱引きの結果です。このような省庁間の問題を国民に転嫁している行為は国民の目にさらす必要があるのに、そういった事は何も報道されません。もっとマスコミの方々には頑張っていただきたいところです。
歳入庁創設に関連する問題は、もっと詳しく国民に知らされるべきでしょう。結果的に保険料増額や増税になるだけの事であれば行うべきではありません。全てが決まる前に、もっと国民も巻き込んだ議論を行うべきではないかと思います。
以上、「社会保障・税一体改革素案骨子(社会保障部分)」についての個人的感想などでした。
(2012.01.04)
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